
人、物、金、情報、権利などなど、それぞれの面で独立しているというのは翻訳会社の経営上重要である。 他の意向を気にしているようでは、質の高い経営など望むべくもない。
昨今、銀行の中小企業に対する貸し剥がしが大問題になっているが、これなども金という面での独立性を保てない会社が銀行に頼った結果、銀行に振り回されて起こっていることなのだ。
私が経営する 翻訳会社ソリュテック や翻訳サービス合同会社は無借金経営なので、銀行の勝手につきあう必要は一切無い。 そもそも借りていないのだから、貸し剥がしの心配も一切無い。
従って、経営に専念できる訳だ。
先日、登記簿謄本の翻訳を依頼された顧客に社員が直接納品に向かったが、その社員が、顧客から 「中小企業だったらいくつかの銀行と取引しているのが当たり前だからね」 と言われ
「そうですね・・・」 と相槌を打ったが、「違う会社もあるんですよ」と喉まで出かかったと言っていた。 それだけ、銀行に依存している会社が多いということなのかも知れない。
もっとも、銀行ばかりを責める訳にもいかないだろう。 なぜなら、この世の中、金を借りてもきちんと返さないで会社を倒産させる不誠実な社長が増えているからだ。
入れ智恵を付ける弁護士などというのは諸悪の根源とも思える。 弁護士は人の不幸で太りますからなあ。
昨今、日本トップと思われていたトヨタ自動車が赤字に転落し、自動車関連をはじめ派遣労働者の雇い止めが大量に行われ、社会的な大問題に発展している。 このことについて、会社の経営に直接携わっていない外野の人達が、企業の社会的責任で派遣労働者の雇い止めを行うべきではないという暢気な事を言っていたりするわけだが、これは、ナンセンスな話だ。 もし、会社が物も売れないのに継続して派遣労働者を使い続けたらどうなるだろう?
ということになるだろう。 一部の人が派遣労働者の労働の場を提供し続けたことを賞賛したとしても、そのようなものは何の役にも立たない。 従って、国家レベルで派遣労働者を雇い続けて助けた会社はそれに見合う補助金を出すなどの政策が出ない限り、会社は派遣労働者を切り捨てていかなければならない。
これは極めて当然のことなのだ。
そもそも派遣労働者は、あくまで派遣労働者である。 最初から非常時には切られる運命であり、派遣労働者側もそれを承知で派遣労働者のポジションに甘んじていたわけだから(厳しい言い方をするようだが)今更泣き言と言っても遅い。
それに派遣先の会社に心からの忠誠を持って仕事をしている派遣労働者など一人もいないのではないだろうか? 景気がいい時には、賃金条件など、上辺の条件で会社を選択するような、そのような人間ばかりではないだろうか?
会社から厳しい条件をつきつけられたら、じゃ辞めますって、そういう心構えの人間ばかりではないだろうか? そのような派遣労働者というのは、派遣先の会社からすれば、あくまで金で買った使い捨ての一時的なものにしか過ぎないので、それ以上の何かを派遣先の会社が行う道理は何処にもない。
経営者が保身のために派遣労働者を切ると言う人もいるが、それも違う。 経営者だって好きこのんで派遣労働者を切る人は1人もいない。 むしろ、今まで派遣労働者に投じた教育コスト(正社員に比すれば僅かなものだが)をドブに捨てることになるため、本来は切りたくはないのだけれども、仕方なく切るしかないという状況だ。
第一、経営者だって会社が倒産したら無職のプータローになることだってある。 そうならないようにすることは経営者として当然の権利だろう。
仕事をしながら、深夜に再放送されていた NHK 「その時歴史が動いた」 を何気なく見ていた。 瀬戸内海の「海賊」を「社会に役に立つ集団」に変革させた水軍武将・村上武吉にスポットを当てた内容であった。
この人物、凄い手腕である。 番組最後の武吉が子孫に残したと伝えられる言葉も蘊蓄に満ちている。
その言葉は
人は生きるも死ぬもよって立つ所をよくわきまえなければならない。海にも岩礁があり、潮の速い瀬戸があり、海中にも山や川がある。これを知り尽くし、使いこなすことができてこそ、より良く生き、そして死ぬことができるのである
経営も同じだ。 表面上見えない 「岩礁」 などのリスクを知り、逆に有効に活用できてこそ良い経営が出来るのであろう。
ちなみに、私の先祖は大分県国東市を拠点としていた国東水軍と間接的に関係が強かった (田吹) と思うので、もしかしたら村上水軍とはライバル関係だったかも知れないが、もしそうであっても、あっぱれである。
これから翻訳会社を設立しようと考えている方に
よほどの優位性を確保できない限り、翻訳会社の設立は止めた方が身のためだ。 理由は単純明快。
新規の翻訳会社は経営が困難−翻訳会社は参入障壁が低いため簡単に作れてしまうが、競争が極端に厳しく、新たに出来た翻訳会社が普通の営業活動を行った所で、誰もそのような翻訳会社には仕事を依頼しない。
廃業か休業に追い込まれるのが関の山だ。 私が知っている中でも3ヶ月と持たなかった翻訳会社がある。
既存の翻訳会社にとって翻訳会社の新規参入は困りものだ。 なぜなら、新規の翻訳会社の多くは合理性を欠いた極端な低料金で顧客確保を行おうとするからだ。
最近は検索エンジンに簡単に有料広告を出せるので、そこで、翻訳料金の低さをアピールするというケースが多い。 翻訳を依頼しようと考えている人は、それを見て、翻訳料金のイメージを作ってしまう。
どのみち、そのような翻訳会社は長続きはしないのだが、一時的であっても迷惑な存在であることには間違いない。 そういうこともあって、新規の翻訳会社の経営の困難性を説き、間違って翻訳会社を設立するという事故を防がなければならないと考えている次第だ。
ちなみに、どのような翻訳会社も最初は新規の翻訳会社だったではないかと考えられる方がおられるかもしれないので補足するが、昔と今では状況が大きく違うのである。
昔は、今ほど翻訳会社のサバイバル・レースは厳しいものではなかった。 だから、新規の翻訳会社であっても結構生き延びることが出来たのだ。
ちなみに、自分の経験からすると、翻訳会社の経営者は幸せにはなれない → 翻訳会社の経営でプライベートが犠牲に
ちょこっと自己紹介
翻訳会社ソリュテックの経営を行っている。
時々自分でも翻訳を行うが、大抵は社内の翻訳者や社外のフリーランス翻訳者が翻訳を担当する。言語は、英語と中国語翻訳会社がメインだ。
でも、白状する。実は、僕は学生時代、英語が苦手だったんだ。別に英語が嫌いだったわけじゃない。小学生の頃から洋楽が好きでガンガン聴いてた。中学生の頃から百万人の英語という雑誌も読んでた。BCLやアマチュア無線を通じて海外に開かれた目も持ってた。でも、僕は、英語を積極的に勉強しようとは思わなかった。何故って?
それは英語は理屈じゃないからだ。
僕は小学生の頃から技術者を目指していた。技術の世界は比較的結果が明確に出る。理論通り電子回路を作れば、ほぼ理論通り回路は動く。だが、英語は違う。どこまで覚えればいいのだ。。。底なしである。英語が上達した今でさえ英語の奥深さに打ちのめされる。それに、当時は、技術が進歩して翻訳機や通訳機が出来るだろうから、わざわざ英語なんて勉強しなくてもいいようにも思えた。
そのようなこともあって、僕は英語の勉強には熱心では無く、将来有望だと感じていた技術の勉強に熱心だった。そして、技術者を目指し高専(工業高等専門学校)に入って卒業した。そして、その後NECの子会社に技術者として入社した。
本来であれば、そこから順調に技術者人生が始まるはずだった。
しかし、神は、あえて苦難を与える。
配属されたのは入社した技術系子会社では無く、親会社であるNECの技術部門だった。 つまり、いきなりNECに出向である。 結局、十数年の間、NECの社員としてNECで働いていて、その後、独立したため、本来入社した先のNECの子会社の思い出というのはほとんど無い。
何故、私がそのようなことになったかというと、NECから子会社へ技術移転するためだ。 私がNECで技術ノウハウ、文化、その他を身につけて子会社に戻れば、NECから子会社へ技術を含め、色々なものが移転できる・・・はずだった。 企業経営 〜 消滅した会社から学ぶ 〜
編集中: 翻訳会社経営者の英語克服史
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